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最高裁大法廷判決昭和39年11月18日
(昭和39年11月18日 最高裁大法廷 昭35(オ)1151号)
【弁護士のコメント】
最高裁判所が多重債務者の救済に乗り出したことを明らかにする、記念碑的な判決である。この判決により、利息制限法に違反する金利の請求が実質的にも無効であることが確認された。
何度読み返しても、名文だと思う。
名文は、つねにシンプルなものである。
【判決文】
主 文
原判決を破棄する。
本件を福岡高等裁判所宮崎支部に差し戻す。
理 由
上告代理人岩切清治の上告理由について。
債務者が、利息制限法(以下本法と略称する)所定の制限をこえる金銭消費貸借上の利息、損害金を任意に支払つたときは、右制限をこえる部分は民法四九一条により残存元本に充当されるものと解するを相当とする。その理由は後述のとおりである。従つて、右と見解を異にする当裁判所の判例(昭和三五年(オ)第一〇二三号、同三七年六月一三日言渡大法廷判決、民集一六巻七号一三四〇頁参照)は、これを変更すべきものと認める。
債務者が利息、損害金の弁済として支払つた制限超過部分は、強行法規である本法一条、四条の各一項により無効とされ、その部分の債務は存在しないのであるから、その部分に対する支払は弁済の効力を生じない。従つて、債務者が利息、損害金と指定して支払つても、制限超過部分に対する指定は無意味であり、結局その部分に対する指定がないのと同一であるから、元本が残存するときは、民法四九一条の適用によりこれに充当されるものといわなければならない。
本条一条、四条の各二項は、債務者において超過部分を任意に支払つたときは、その返還を請求することができない旨規定しているが、それは、制限超過の利息、損害金を支払つた債務者に対し裁判所がその返還につき積極的に助力を与えないとした趣旨と解するを相当とする。
また、本法二条は、契約成立のさいに債務者が利息として本法の制限を超過する金額を前払しても、これを利息の支払として認めず、元本の支払に充てたものとみなしているのであるが、この趣旨からすれば、後日に至つて債務者が利息として本法の制限を超過する金額を支払つた場合にも、それを利息の支払として認めず、元本の支払に充当されるものと解するを相当とする。
更に、債務者が任意に支払つた制限超過部分は残存元本に充当されるものと解することは、経済的弱者の地位にある債務者の保護を主たる目的とする本法の立法趣旨に合致するものである。右の解釈のもとでは、元本債権の残存する債務者とその残存しない債務者の間に不均衡を生ずることを免れないとしても、それを理由として元本債権の残存する債務者の保護を放擲るような解釈をすることは、本法の立法精神に反するものといわなければならない。
しかるに、叙上の説示と異なる見解のもとに上告人ら主張の弁済の抗弁を排斥した原判決は、破棄を免れない。そして、制限超過部分の残存元本への充当関係につきさらに審理を尽くさせるため、本件を原裁判所に差し戻すのを相当とする。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官横田喜三郎、同奥野健一、同斉藤朔郎の補足意見、同入江俊郎、同石坂修一、同横田正俊、同城戸芳彦の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官横田喜三郎の補足意見は、つぎのとおりである。
わたくしは、本判決の理由のうちで、利息制限法の立法趣旨に関する点をとくに重視するものである。これについては、昭和三五年(オ)第一〇二三号、同三七年六月一三日言渡大法廷判決に対する反対意見として詳しく述べた(民集一六巻七号一三四七頁)から、それをここに引用する。
裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。
私の補足意見は、昭和三五年(オ)第一〇二三号、同三七年六月一三日言渡大法廷判決(民集一六巻七号一三四〇頁)における私の反対意見と同一であるから、それを引用する。
なお附言するに、利息制限法は高利金融に対し経済的弱者である債務者を保護するため、一定の利率を設けて、これを超過する利息・損害金の約定を禁止し、その超過部分を無効とし、その債務の存在を否定することとして、借主たる債務者を保護することを以つて、その目的とするのである。
従つて、貸主たる債権者が右超過部分の利息・損害金の支払を請求することの許されないことは勿論であり、債務者も右超過部分の利息・損害金の支払をなす義務を負わないのである。それ故、債務者は債権者より右超過部分の請求を受けても、制限利率による利息・損害金のみの支払をなすを以つて足り、若し債権者がその受領を拒めば、これを供託してその債務を免れ得るわけである。然るに、実情は経済的弱者たる債務者は心ならずも右制限超過部分の支払を強いられるのが現状である。
固より、超過部分の債務は無効であり、不存在であるから、超過部分の支払は非債弁済であり、本来ならば不当利得として、その返還を請求することができる筋合であるが、法は苟も制限利率を超過する約定を禁止し、これが超過部分の支払を否定する建前を採つている以上、債務者がこの禁止に違反して、敢て超過部分の支払をした場合に、これが返還請求を許容することは、法の禁止する行為を保護する結果となり、法の目的に副わないことになるから、本法一条、四条の各二項において、債務者に対してその返還の請求を認めないこととしているのである。しかし、法はこれがため、債権者に右超過部分の支払を受領する正当な権限ありとして、これを保護しているのではない。飽までも、右超過部分は無効であり、その支払は無効の弁済であることに変りはないのである。従つて、他に元本債務等の存在する限り、右弁済は民法四九一条の原則に従い、それらに充当されることを禁止するものでないと解すべきである。けだし、債権者にとつては右超過部分の支払は、もともと法律上の原因のない不当利得であるから、これを他の有効な債務の弁済に充当されても、法律上何ら不利益を蒙るものではなく。他方右支払は債務者が債務の弁済としてなしたものであり(贈与等の趣旨で交付したものでないことは明白であり)、従つて他に弁済すべき元本債務等が存在する限り、それらに対する弁済として充当さるべきであることは、前記民法の規定の明定するところであるからである。
反対論者は、偶々他に充当すべき元本債務等の残存しない場合と比較して不公平であるというのであるが、かかる理由を以つて右充当弁済を否定して、債務者の不利益に帰せしめることは本末転倒の論であるといわねばならない。
また、超過部分の支払につき、一方においてこれが返還の請求を否定しながら、他方において残存元本債務等に対する弁済としてその充当を認めることは、その返還の請求を認めるのと経済的に同一の結果となり、矛盾であるとの反対論にも賛同できない。すなわち、例えば、民法五〇八条は、時効に因つて消滅した債権を以つて、その消滅前相殺に適した債務と相殺し得ることを認めているのであるが、これは衡平の原則上寔に正当であつて、これを以つて時効に罹つた債権の履行の請求を否定しながら、相殺に供することを認めるのは、その履行の請求を認めるのと同一の結果となるとか、偶々相殺に供し得る債務を有しない者と比較して不公平であるなどという非難の当たらないことは自明の理であり、これと同様に前記反対論の非難も当たらない。
殊に、本法二条は天引利息について、制限超過部分を元本に充当したものとみなしているのであるが、これは貸借の締結に当たり、債務者が任意に(内心は兎も角として)制限超過の利息の前払をなした場合は、その超過部分は利息の有効な支払とは認めず、また、固よりこれが返還の請求をも認めず、当然これを元本の支払に充てたものとみなしているのであつて、すなわち、制限超過の利息の支払(天引すなわち前払をも含めて)は、その返還請求は許されないが、残存元本債務等に対する弁済に充当することを是認している証左と解することができる。従つて、また本条を以つて右弁済充当を否定する反対解釈の根拠とすることは不当である。
かくの如く制限超過の利息・損害金の支払につき、元本等の残存債務のある場合に、これに対する弁済充当を認めることは、法の禁止に反して、超過部分の支払をなした債務者とこれが支払を受領した債権者との双方の関係を衡平ならしめる所以であり、常に支払をなした債務者のみに不利益を帰せしめる不公平を是正し、本法の目的である債務者保護の趣旨に副うものといえよう。
なお、弁済の充当について一言私見を述べれば、利息についての制限超過部分の支払は元本に法定充当されるのであるが、元本債権が未だ弁済期にない場合であつても、これに充当されるものであることは、民法四八九条、四九一条により明らかである。そして、弁済期前の元本債権に充当する場合には、弁済期までの制限内の利息を附して充当すべきものと解する(同法一三六条二項)。また、数個の債務のある場合は先づ債務者の指定した利息についての元本に充当し、なお残余があれば他の債務に同法四八九条、四九一条により充当すべきものである。右の如く弁済期前の元本に充当するとすれば、超過部分の利息の返還の問題を生ずる場合は比較的すくないのであるが、この点につき、昭和二九年三月二二日衆議院法務委員会において政府委員は「利息制限法一条二項が実際に問題となるのは元利金を支払つたあとになつて、実はあの支払額は限度を越えた率を支払つたものであるということを理由として、債務者の方から返還の請求をすることができるかという場合に、実益のある規定であつて、途中で債権者の方から限度超過の利息の支払を元本に入れないで、元本の支払を請求することはできないのである。」(第一九回国会衆議院法務委員会議録二八号)旨の説明をしているところから見ても、同条二項の超過部分の返還請求の問題の生ずるのは、元利金を支払つた後に起る問題であることは、本法立案当局も始めから予定していたものというべく、従つて、右の如き関係にあるからといつて、同法一条二項の規定が無意味になるものとして超過利息の元本充当を否定する理由とはならない。
裁判官斉藤朔郎の補足意見は、次のとおりである。
法律に違反したことが行われて、後日それが裁判上の問題となつた場合に、裁判所はその行為の効力を否定するのが通常の事態であつて、ある行為を無効と定めながら裁判上その無効を主張できないものとすることは、むしろ異例のことといわねばならない。高利の禁止という政策を法律の力で画一的に達成せしめることは、実際上かえつて弊害を伴うおそれもあるので、無効としながらも裁判による助力をあたえないという線で放任するということも、一つの異例の措置として理解できる。しかし、債権者は債務者の任意に支払つた制限超過利息(遅延損害金をふくむ。以下同じ。)の返還請求を受けないということだけでも、極めて有利な立場に立つている上に、さらに残存元本の支払をも請求できるというのであつては、利息制限法の立法趣旨である債務者の保護は実際上ほとんど失われてしまう。私の考えでは、裁判所は、債務者のために、その任意に支払つた制限超過利息の返還の請求を認めないとともに、債権者のため、制限超過利息の支払を受けながらなお残存元本の支払を請求することを認めない。すなわち、裁判によつて事を処理する場合には、問題の金額に関する限りにおいては、債権者・債務者いずれの側からするも新規の金銭の出し入れをなさしめないで、その当時の金銭支払関係の現状をもとにして、高利の禁止という立法の目的にかなつた解決をあたえるのが最も公平の理念に合する措置であると考える。
法律の解釈には、おのずから一定の限度があるのであつて、一部の学者の主張するように、法文の文理を無視した自由奔放のものでないことはいうまでもない(拙稿・悪法再論議、ジユリスト八五号三八頁以下参照)。しかし、その限界内と考えられる範囲内においては、公平とか信義誠実とか具体的妥当性などという、いわば民事法分野における超法規的一般原則によりよく適合するような解釈を採ることが、法を運用するに当つての基本的態度でなければならぬ。私は、反対意見の見解が法律解釈の限界内であり、多数意見の見解がその限界を逸脱するものとは考えない。どちらの解釈も現行法の文理と必ずしも矛盾するものでなく、そのいずれを採るかは、前記一般原則の理念に、いずれがよりよく適合するものと考えるかの選択の問題にすぎないと信じる。
裁判官石坂修一の反対意見は次の通りである。
わたくしは、当裁判所の判決(昭和三五年(オ)第一〇二三号同三七年六月一三日大法廷言渡)に示された多数意見は正当であり、なほ維持すべきものであつて、遽に変更すべきものでないと思料する。この多数意見に従つて本件における多数意見に反対する。
裁判官横田正俊の反対意見は、つぎのとおりである。
私は、以下述べる理由により、当裁判所大法廷の判例の結論を維持するのが相当であると考えるから、多数意見には同調しかねる。
(一) 等しく金銭を目的とする消費貸借といつても、貸主は、各種銀行から市井の貸金業者、個人に至るまでその種類は多く、借主も大企業、中小企業から一般消費者に至るまで多種であり、借り受けの目的も多様である。そして、経済の一般原則にしたがえば、金銭貸付の対価である利息も、その時の一般的な金融情勢(貸し手市場か、借り手市場か)のほか、(一)貸主のもつ資金の多寡、(二)貸付に用いられる資金が安いものか高いものか、(三)借主の信用度、すなわち回収が確実であるかどうか(貸し倒れの危険があるかどうか)、(四)貸付又は回収の手続に費用がかかるかどうか等の諸要因により左右されるはずのものであるから、消費貸借における利息又は損害金の約定も、一般の取引におけると同様、一応は契約自由の原則に委せ、ただ借主に余りに不利益なものだけを、民法九〇条のような一般条項ないし旧利息制限法五条のような特別の救済規定により、裁判上これを是正すれば足りるということも考えられないではない。しかし、それでは借主の保護に不十分なので、立法措置をもつて、利息又は損害金につき適当と認められる最高基準を定め、これを超える部分につき約定の効力を否定することが必要とされるのであり、いわゆる利息制限立法がこれに当るのである。しこうして、利息制限法令においても、他の統制法令におけると同様、適当と認めた基準を一度定めた以上は、経済界の実態がどうあつても、また経済界にある程度の摩擦を生ずることがあつても、これを強行するという強い立場が、まず考えられる。しかしながら、他面において、その基準が必ずしも適切でないことから生ずる不都合や摩擦はできるだけ避けられなければならない。ことに、借主保護の理想に急な余り、経済界の実情に余りにもかけ離れ、金融機構(とくに、信用の乏しい者も、比較的に安い利息で、しかも返済し易い方法で金銭が借りられるような機構)の整備、充実をまたないで、余りに厳格な規制を強行するときは、金融梗塞という借主のためにはならない結果又は闇金利の横行というような法律軽視の風を招来するおそれのあることも反省されなければならない(宅地、住家の借主の保護を目的とした地代、家賃統制法令その他の法令の実施が、健全な住宅政策の裏付けを欠いたため、住宅難という借りる者に不利益な結果や、闇取引の公然たる横行という現象をもたらしたことは、周知のとおりである)。したがつて、利息等の制限に関し最高の基準を法定した場合においても、金融市場の複雑性にかんがみ、これを全面的に強行することが必ずしも適当でないと認められるときは、これに対するなんらかの緩和策を同時に併せ講ずることは、決して理由のないことではない。
(二) ところで、現行のわが利息制限法の規定を概観するに、同法は、利息の約定と損害金の約定とに分ち、元本額のいかんにより三段階の最高利率を定め(損害金のそれは利息のそれの二倍)、これに違反する契約は、超過部分につき無効とする(一条一項、四条一項)反面、債務者が右超過部分を任意に支払つたときは、その返還を請求することができない旨を規定(一条二項、四条二項)しているのである。右によれば、同法は、利息等の最高基準を法定しながら、これを絶対的に強行するという態度をとらず、旧利息制限法下においてすでに判例として確定されていた原則を法規に定着させることにより、右制限に対する緩和策を併せ規定しており、しかもその緩和策の核心を、債務者の任意の支払という点に置いていることが知られるのである。詳細は後に譲り、右緩和策の意義を大まかにとらえてみるならば、右制限法は、同法に規定する保護を受けるかどうかを債務者自身の意思にかからせ、債務者が法による制限を敢て主張しないで、制限超過の利息等を任意に支払つたときは、裁判所としても、その意向にしたがうこととし、後日に至つて債務者が法による保護を主張しても裁判所はこれに応じた是正措置を講じないこと(蒸し返しをしないこと)を明らかにしているものと理解されるのである。
(三) つぎに、右緩和策たる法一条二項、四条二項の意義につき、やや詳細な検討を試みることとする。
(い) 右各法条については、悪法であるという批判もあり、それは、ひつきよう、債務者の任意の支払といつても、それは実質的には半ば強制された支払にほかならないから、そのようなことによつて、借主の保護を目的とする法の適用を緩和すること自体が不合理であるということを理由とするもののようである。しかし、そのように割り切つてしまうことができるであろうか。もとより(イ)債務者が債権者の強迫(脅迫)により超過部分の支払をした場合(民事的には強迫、刑事的には恐喝に当る)や、利息の天引の場合などのように、債権者の直接の強制によつて支払又は控除が行われた場合には、債務者の意思にそつたとしても、とうてい前示各法条にいう任意の支払と認めえないことはいうまでもないが、(ロ)高利ではあつても、きわめて適時の融資により債務者が企業上又は生活上の危機を乗り切ることができた場合や、その資金の運用により債務者が多大の収益を上げることができたような場合には、制限超過部分の支払も、きわめて任意であることがありうる。そして(ハ)その他の場合における債務者の支払の任意性は、右(イ)(ロ)両極端の中間に位し、その任意性の程度には、具体的事情のいかんによりかなりの差異がありうることを認めなければならない。しかし、任意性の程度いかんにより法律上の取扱を差別することは困難なことであるから、いやしくも任意性が認められるかぎりにおいては、債務者はそれぞれの考えがあつて支払つているものと認め、一律にその意向にしたがつて事を処理することとしても必ずしも不合理とのみ断定することをえない。旧利息制限法下における裁判例が債務者の任意の支払いに特別の意義を認めているのも、単に旧法が「裁判上無効」という規定の仕方をしているという形式的な理由だけからではなく、以上に述べたようなことを、その実質的な理由としているのではないかと思われる。
(ろ) 右各法条は、制限超過部分の返還を請求しえない旨を規定するに止まるから、単に不当利得の返還請求が制限されているに過ぎないとするのが多数意見であるが、前述のごとく、右各法条による緩和策の意義が、債務者の意向を汲み、裁判所としては、後日、敢てこれに介入しないという点にあるとするならば、債務者のした任意の支払は、制限超過部分については非債弁済であるが、有効なものとし、債務者が後日に至り不当利得としてその返還を求めても裁判所はこれに協力しないのはもちろん、債務者が任意に指定充当した弁済もこれを有効なものとし、債務者が後日に至り、制限超過部分についての充当の指定は無効であるとして民法四九一条による法定充当を主張しても、裁判所はこれに応じて同法による是正措置を講じないというのが右各法条の趣旨であると解するのが最も自然であり、かつ権衡のとれた解釈である。なお、多数意見は、法二条の規定を法定充当説の論拠の一としているが、制限超過利息の天引の場合には、実質的にみて、右天引部分については消費貸借の要物性が認められないばかりでなく、前述のごとくその控除についての債務者の任意性が全く認められないから、その部分は、まだ弁済期の到来していない元本の支払に充てたものとみなすというきわめて特異な取扱いをしているのであつて、このような特異の規定の存在が一般の任意弁済の場合における法定充当を理由づけるものとは考えられない。
(は) 法定充当説は、次の諸点から考えても妥当なものとは思われない。
(イ) 元本の弁済期が未到来の場合には、多数意見の法定充当説も、任意に支払われた利息の制限超過部分の元本への法定充当を認めるものではないと解されるが(これを認めるとすれば、法一条二項の規定はほとんど適用の余地のない無意味なものとなるからである。)、この場合においては、ただ弁済期のすでに到来した(1)他の利息債権又は(2)別口の元利金債権への法定充当が問題となる。そして、
(1) 利息を定期に支払うべき場合において、当期の利息を次期の利息の弁済期前に支払えば、次期の利息への法定充当は行われないのに反し、その弁済期後に支払えば、次期の利息に法定充当されることとなり、利息支払の時期いかんによりきわめて不権衡な結果を招来するばかりでなく、計算関係を複雑にする。
(2) 民法四九一条は、数個の債務がある場合にも適用されるから、ある口に任意弁済された利息の制限超過部分は、すでに弁済期の到来した別口の債権の利息、損害金ないし元本の債権に法定充当されることとなり、これらの債権のない場合との権衡を失するばかりでなく。計算関係を当事者の予想に反したきわめて複雑なものとする この点は、後述の損害金の弁済についても同様である。(弁済期を異にする三口の元本債権がある本件の場合は、正にこれに該当する)。
(ロ) 元本の弁済期が到来した後には、法定充当説にしたがえば、元本が残存するかぎり利息又は損害金の制限超過部分は元本に法定充当されることとなる。そして、弁済は、元本より先に損害金に充当されるものであり、損害金債権が残存しているときは必ず元本債権が残存していることになるのであるから、債務者が支払つた制限超過部分は常に元本債権に弁済され、不当利得返還の問題を生ずる余地はないこととなる(損害金と元本の残額の全部を同時に支払つた場合が考えられるだけである)。したがつて、法四条二項で準用している一条二項の規定を多数意見の説くように不当利得だけに関する規定であると解するならば、四条二項が損害金につき右一条二項の規定を準用しているのは全くといつてよいほど意味のないこととなる。ことに、旧利息制限法は、損害金につき最高利率を定めず、ただ五条の救済規定だけを設け、しかも商事については、この規定すら適用しないものとしていた(商法施行法一一七条)のに対し、現行利息制限法は、民事、商事を区別せず(商法施行法の右規定を削除)損害金の最高利率は利息のそれの二倍に制限するという厳格な態度をとることとした反面、その緩和策として法四条二項の規定を設けていることにかんがみれば、その緩和規定が右のごとく全く意味がなく、利息の場合の緩和策といちじるしく権衡を失したものであろうとは、とうてい考えられないのである。要するに、利息、損害金を通じ、任意に支払われた制限超過部分の元本への法定充当が否定されればこそ、その超過部分について不当利得の問題が生ずるのであり、不当利得となればこそ、その返還を制限するために法一条二項及び四条二項の規定が設けられているものと解すべきであろう。(なお、奥野裁判官は、補足意見の最後の部分において、政府委員の説明を引用し、法一条二項の超過部分の返還請求の問題を生ずるのは、元利金を支払つた後に起る問題であると説いておられるが、元本の残存するかぎり超過部分は当然に元本に法定充当されるとすれば、元利金を完済した後に起る問題は、超過部分についての不当利得の問題ではなく、元本の過払い、すなわち元本についての不当利得の問題に過ぎないのであるから、結局、法一条二項及び四条二項の規定は無意味な規定というほかはないのである。そして、元本についての不当利得の返還請求の制限については、利息制限法には別段の規定がないのであるから、民法七〇五条の規定が適用されることとなるであろう。)
いわゆる悪法は、できるだけ縮小解釈すべきであつて拡張解釈すべきでないとの解釈論は、私も、一般論として肯認しないではない。また、多数意見の強調する借主の保護の必要性もよく理解しうるのであるが、法律の解釈にはおのずから限界があるのであつて、それ以上のことは、明確な立法をもつて解決すべきではないかと考える。
裁判官入江俊郎、同城戸芳彦は、裁判官横田正俊の右反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 斉藤朔郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎)
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