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(注)この小説はフィクションであり、現実の人物、団体、法人には一切かかわりがありません。
通勤初日、大空を背景に、そびえ立つ四菱商事大阪営業所のビルに向かい、佐藤直子は、自分の中で、前向きで、勇猛な気持ちが沸き上がってくるのを、おさえられなかった。 (がんばるぞ!) 朝に見た、へんな夢のことは、忘れよう。 たぶん、あれは、お父さんのことで私の心が弱くなってたからだわ。 でも大丈夫、私もこうして社会人になったんだから、お父さんにたよらなくても生きていける。 千手観音だとかイクサだとか、わけわかんない夢も見ちゃったけど、仕事場は戦場だって言うし、入社の選抜試験だって、ちょっとした戦争みたいなもんだったもん。 あんな夢は忘れて、前向きに、前向きに! 佐藤直子は、そこまで一気に考えて、ビルに向かって、力強く足を踏み出していった。
新入社員30人が、それぞれの配属先に移動したあと、五鬼上は、副営業所長と、毎年恒例の新入社員の評定をしていた。 「今年の新入社員は、現場研修に、何人耐えられるかな」 五鬼上は、まるで新入社員が脱落することを期待するかのような口ぶりである。 大阪営業所の新人研修が厳しいのは営業所長の個人的なサディスト趣味が原因だ、という陰口が真実であるかのような印象を受ける。 「昨年は、40人のうち10人が研修期間中に脱落しましたね。さらに、研修期間終了後の進路選択で12人が事務職希望に変更しました」 副社長が、五鬼上の問いに応じた。 「ぼやっとした学生気分のやつらは、やめてくれた方がいい。仕事の邪魔だ」 五鬼上の言は、どこまでも容赦がない。 「大阪営業所配属中でのペーパー試験トップは、佐藤直子ですが」 副営業所長は、直子の名を挙げた。暗に、五鬼上に、直子の評価を聞こうとするものであろう。副営業所長は、五鬼上とはちがって、順当な出世コースにのって現在の地位にあるため、ペーパー試験の結果に重きをおいているのであろう。 「佐藤か。まあ、うわさどおりの美人やな。しかし、ファイナンス業務は顔でやるもんじゃないからな」 五鬼上が、ぶっきらぼうに言い放つ。 副営業所長は、五鬼上があえてふれなかった点が気になった。 「能力面については、いかがでしょう」 副営業所長は、あえて明言して聞いてみた。そもそも、能力以外の点を五鬼上がもちだすのが不自然なのだ。 五鬼上は、一瞬、いやな顔をしたが、 「アレに能力面の心配はいらないだろ。問題なのは、アレが背負っているものだな」 五鬼上の直子評は、前半部分については、彼としては最大級の賛辞といえよう。そもそも五鬼上が他人を誉めることなど、めったにない。 しかし…副営業所長は、小首をかしげた。後半部分については意味が分からない。「問題」だと言っているのだから批判しているのだろうが、いったい、何を批判しているのか、具体的につかむことができないのだ。 五鬼上は、はなしすぎた、とでもいうような後味のわるそうな表情をした。副社長は、五鬼上のそのような表情を見てまで、さらに突っ込むような、鈍な人物ではない。 「ところで、五鬼上営業所長、帝国石油とのメタンハイドレード取引の現状を報告してもよろしいでしょうか」 副社長は、自然と話題を転換した。 「きこう」 五鬼上は、それに応じ、以後、二人は、たんたんとビジネスの会話に終始した。
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