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連載小説サラ金対新人OL

(注)この小説はフィクションであり、現実の人物、団体、法人には一切かかわりがありません。


第三回 千手観音

四菱ファイナンス株式会社は、四菱商事が企業向け貸付に乗り出すために3年前に買収し社名を変更した貸金業者である。

元の名称を「大阪工業ファンド」といった。

中小企業に対する中短期貸付に強みがあった。

四菱商事本社から四菱ファイナンスには、地下鉄で2駅ほどの移動が必要であった。

直子は、指定された午後1時よりも、15分はやく四菱ファイナンス第三課に出頭した。

「ああ、新入社員の研修の件ね。じゃあ、控室で待っといて」

受付で言われて、直子は4人~5人収容と思われる小部屋に案内された。

四菱商事本社の控室とはちがって、机も椅子も、ごく質素なものである。悪くいえばチープとすら表現できる。

ただ、掃除は行き届いており、机のうえには、ホコリひとつ見当たらない。机のうえにあるのは、A4版メモ帳、ボールペン、置き時計、それから…
(これは、なんだろう)

直子は、机のうえに置かれていたA4版小冊子に目がいった。

全体で3~4ページの、ごく薄いものであった。

表紙は、宇宙空間からみた地球だ。

控室の机のうえにおいてあるのだから、自由に読んでもよいはずだ。

そう思って、直子は、その冊子を手にとって、最初のページを開いてみた。


「千手観音の慈悲により、私たちの後継者に伝える。

千手観音の教えは、無限の時間の中で、幾度となく邪悪と対峙し、あるときは勝利をおさめ、あるときは敗北した。

あるときは、一文明圏を支配し、あるときは異端として追われた。

無限の輪廻の中で、われらと邪悪とのたたかいは、形を変え、
人を変え、言葉を変えて、終わることなくつづいてきた。

これから幾千年もまた、つづいてゆくのであろう。

私たちの、邪悪にたいする戦いの歴史を、語りついでゆこう。

永楽通宝が世界を支配してしまわないうちに。

私のかしこき後継者に、さいわいあれ。」

(千手観音?)

そういえば、今朝の夢の中にも、たしか、そんな言葉が出てきていた。

やだ、思い出しちゃうじゃない…。

それにしても、変な本。なんかの宗教の勧誘みたいね。誰の本?
そもそも、なんで、こんなのが控室にあるわけ?

キャッチセールスってやつ?ちがうか。直子が、反発を感じていたところに、ドアがノックもなしに乱暴に開かれ、くたびれた背広を着た、40歳代と思われる男性があらわれた。

「おはようございますっ」

直子は、新入社員らしく、さっ、と起立して訪問者を迎えた。

「きみ、新人研修の子?」

男性は、左手でドアのノブを持ち、半身しか室内に踏み込んでいない状態で、視線だけ動かし、値踏みでもするかのように、直子の顔から、胸元、腰のあたり、そしてふくらはぎを通って、足先までをじろじろと、ぶしつけにながめた。

「はい、さとう、なおこともうし…」

「時間ないけん。ついて来てや」

直子の自己紹介が終わるのを待たずに、男性は、早口の関西弁で命じて、そのまま早足で廊下の遠ざかろうとする。

男性が手をはなしたので、自然とドアが閉じようとする。

直子は、あわててドアにかけより、男性を追う。

「すいません、せんぱい、自己紹介させてください。わたし、佐藤直子ですっ」

ほとんど走りながら、直子は、男性の背中に向かって、まくしたてる。

「おれは大道寺いうねん。債権回収担当や。いまから現場行くけん」

男は、振り返りもせずに名乗った。

歩く速度を、ゆるめようとする気配すら、ない。
 
 

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